2007年 07月 12日
そんな「12番目の選手」ならいらない
 (ソースが消えたときのために丸ごとコピペ)

そんな「12番目の選手」なら /朝日 J'sコラム
 仮にあなたが、無類の映画ファンだとする。地元の映画館で「話題作」と言われる作品を勇んで見に行ったが、全くの期待はずれだったとしよう。

 「あれは観ない方がいい」とあなたは友人にぼやくかもしれないし、酷評をブログにつづる手もある。その監督の作品を、今後は敬遠するかもしれない。

 この程度の「批判」や「反抗」なら、よくある話だ。けれど、映画の場合、「原作者出てこい」とか「あの監督、俳優は業界から去れ」、「金返せ」などという“いいがかり”のレベルにまで、反抗がエスカレートすることはまずない。

 大人1枚1800円のチケット代を払った作品が、たとえつまらなかったとしても、見たいと思ったのはあなた自身だ。懲りたなら、もう劇場に足を運ばなければいい。

 映画をサッカーに置き換えてみる。お金を払って観にいく、という興行と割り切れば、私はサッカーも同じだと思う。

 声をからして応援したチームが、ひどい内容で負けて腹が立っても、それは予想しうる結果だ。ゲームの質や結果はともあれ、それをあなたは好んで見に行ったのだ。

 しかし近頃、Jリーグの現場で目にするのは、一部の度を過ぎたサポーターの言動や行動だ。

 チームが負け込むと、平気でスタンドに1時間でも2時間でも居座る。「社長出てこい」「強化部長、責任取れ」などと怒鳴り散らす。選手バスを取り囲み、出て行くのを妨害したサポーターも、これまで担当してきた複数のチームで見てきた。

 言わずもがなだが、ゴール裏の熱烈な声援は、選手に力を与える。アウエーにも自費を投じて夜行バスで出かける熱心なサポーターには本当に頭が下がる。

 しかし、フロントの「つるし上げ」を生き甲斐にしているような、はき違えたサポーターも実際にはいる。頭を下げさせ、「どうだ、オレが言ってやった」とばかり、いい気になっている。

 それは、チームへの「愛の裏返し」とは、とうてい思えず、模範的な応援を繰り広げたサポーター全体の質も下げる。

 試合中にゴール裏で応援するも、ヤジるのも勝手だ。しかし、試合終了のホイッスルがなった時点で、払った入場チケットの対価は本来、完結し、精算されるべきだ。

 私が今季、担当する大分トリニータは7月8日、同市内で約300人を集めたサポーターズカンファレンスを開いた。

 6月30日、横浜F・マリノス戦に0―3で敗戦後、怒って居残った約1000人のサポーターに溝畑宏社長が「改めて後半戦の方針を説明する」と約束して実現した。前半戦をJ2自動降格圏内の17位で終えたチームは今、原強化部長いわく、「最大の危機」にある。

 「どうやってこれから快進撃を見せるのか?」「補強の方針は?」

 カンファレンスでは、素朴な質問もフロントにぶつけられたが、「責任の所在をはっきりしろ」と語気を強めたサポーターもいた。

 立場をはき違えたサポーターの「ガス抜き」の場にもなったのは予想通りだった。

 株主やスポンサーならまだしも、サポーターが直接、社長や強化部長に向けた声としては、度が過ぎている。まして、まだシーズン半分だ。

 私が社長ならば、「なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけないんだ」と思わずキレそうなところだ。

 しかし、溝畑社長、原強化部長は深々と頭を下げた。どんなサポーターでも無碍に扱えない事情があるからだ。大分のホームゲームの昨年の入場収入は、約5憶2000万円。J1の平均約6憶9000万円を大きく下回る。入場収入は、次の年に強化費に直結する。

 「大きな責任を感じています。ですが、皆さん見捨てずに応援していただければと思います」と原強化部長は声を絞り出した。

 成績も経営もJ1でどん底にある地元チームを、ますます窮地に追い込むいいがかりで自己満足する。そんな「12番目の選手」ならいらない。

 さもなくば、ぜひ心を入れ替えてもらいたい。(原田亜紀夫)


 まあ正論っちゃあ正論なんだけど、なんかちょっと違和感があるような・・・。うまく言えないが・・・。 たしかに観戦やサポートが目的じゃなく、ストレス発散でヤジを飛ばしに来てる客、物投げとか暴れにきてる客、選手やフロントに土下座させるのが目的の勘違いの客はいることはいるが。

 2000円前後払って、90分~2時間と楽しめる映画とは、エンターテイメントとしてはよく比較されるけど、やはり「見る」構造が違うものだからねえ。
 毎回上映のたびに監督や出演者が客の前に出てきて「どうでしたか?」って来るわけでもないし、映画には年間チケットを買って年中サポートする客はいないし。 映画会社の株主、てのはあるけど、経済的サポートが主であり、半分の株主は投機目的だろうし。 映画を見て、サッカーを見て「つまらないから、もう見ない」っていうファンはどちらにもいるけど、勝とうが負けようが勝つために常に後押しするという人はいない。
 映画会社(作品、監督)同士は同時に戦わないもんね。 興行収入や動員数を目的にして同時期に上映される他の映画と比べるけど、特定の映画同士が戦っていて、作っている最中から客がスタッフにがんばれ!あの作品に負けるな!って声援送れて、その声援によって映画の内容がよくなったりするシステムではないからねえ。 
 サッカー(スポーツ)の場合は、「楽しい、つまらない」に加えて、「勝敗」、良くも悪くも「戦い」の面も強くあり、サポーターは間接的に応援するチームが相手を打ちのめすことで快楽を得るもの。 心理的にチームの勝利を自らの勝利、敗北を自らの敗北として重ね合わせて受け取ってしまうものだから、敗北は受け入れられないものなんだろう。 「つまらない」は自分の中で納得して消化できるけど。 
 この筆者に「なんで?なんで?勝ったのはチーム、選手であって、あなたではないでしょ?」って言われたらそれは確かにそうだけど、そうなっちゃうんだから仕方ないだろ、心理学者に聞いてよ、としか答えようがない。

 それと世間一般に広く見せる映画と違って、サッカーの場合はやはり地域性を強く押し出していて、ファン、サポーターのアイデンティティの一部となっていて、離れられないもの、一生付き合っていくもの、って言われるほどだし。 ファンが「マイチーム」って言うけど、「マイフィルム」ってファンじゃなくて監督が言うものだよね。

 サッカーは戦争でもあり、そうでもない、どちらとも言えないけど、戦争であると言ってはいけない場合もあるけど、戦争だと思っている人からしたら、選手が前線の兵士ならサポーターは銃後の国民であって、無能な将軍がいばっていたり、兵士がだらだらやって負けてたら「国民の危機なんだよ、なにやってんだ!」と叫ぶでしょう。

 株主やスポンサーならまだしも、サポーターが直接、社長や強化部長に向けた声としては、度が過ぎている。
 私が社長ならば、「なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけないんだ」と思わずキレそうなところだ。 

 いや、客も同じように金を払ってるでしょうよ。 それにサッカークラブは、日本でも全収入のうち、チケット代とグッズの売り上げが占める割合が一番多いんじゃなかったかな? 


 ところで映画の試写会とか映画祭とか見たことないんだけど、上映前にステージに監督や出演者が出てきて挨拶するけど、上映後も出てくるものなの?一般的には終わりには出ないものなの?
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by iku-2002 | 2007-07-12 02:21 | Football | Comments(2)
Commented by keta_m at 2007-07-13 13:34
ikuさんの言われることは分かります。相手チームと戦うサッカーとお客さんを楽しませることだけが目的の映画を単純に比較するのはどうかと。

それでも敢えてエンターテイメントを比較対象とするなら、映画よりも演劇とかの方がいいんじゃないかと思いました。下手な役者がブーイングを受けたら、監督は次の公演から役者を入れ替えることも可能。変えなければ監督や劇団が批判の対象となる、という面で。映画にブーイングしたって、次の上映も変化はないですからね。
Commented by iku-2002 at 2007-07-14 01:45
ketaさん、どうも、ご無沙汰してます。

 たしかに、映画より芝居やコンサートのほうが直接客と向き合うので近いかもしれません。 映画は作って投げっぱなしで逃げられますからね。

 日本だと芝居やコンサートなどで上演後にブーイングが出ることはないでしょうけど、海外あたりだとけっこうあるのかな?

 そういえばふと思い出したけど、今井雅一という俳優が神風特攻隊をテーマにした芝居を英語劇にしてアメリカで上演した際に、聖書を投げ捨てるだか破くシーンがあって、そのシーンになったらアメリカ人の客のおばちゃんがものすごい剣幕で舞台に向かって「やめなさい!今すぐ聖書を拾いなさい!」って直接演者に対し怒ってきて、びびった演者が一瞬うごきが止まっちゃったんだけど、どうしようって小声で相談して結局変更、聖書を捨てるのをやめたそうです。


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